現在、ライティング・ゼミで文章について学んでいます。
その課題でフィクションにチャレンジしながら、
カメラの魅力についてまとめた記事です。
※この記事はフィクションです。
「文字じゃないんだよ。写真って言葉だから」
タツさんのこの言葉を聞いて、僕は一眼レフカメラを買ってしまった。
タツさんは就職した時に職場にいた1個上の先輩。3年ほど一緒に働いた。その後、実家の茨城に帰ったので、今は年に数回連絡するくらいの関係だ。しかし、職場仲間だった時は、しょっちゅう夜遅くにラーメンを食べに行って、2人でブクブクと太っていった特別な関係でもある。
「これからはお笑いがモテる」とか言いだして、漫才の賞レースに連れ出されたのはいいものの、タツさんは一言目からセリフを忘れた。課長の家族に不幸があったと葬式に行ったら、粗相があってはいけないと、極度の緊張でお焼香の時に火がついている方を持ってしまった。いうまでもなく仕事で尊敬することは一度もなかった。敬語こそつかうようにはしているが、先輩と思わなくなったのは出会ってすぐだったと思う。でも、困ったことがあって相談するとタツさんだけは他の先輩とちがった。いつも話を最後まで聞いて「わかる。俺もそう」と大きくうなずいて反応してくれる。アドバイスするでもなく、否定するでもなく「わかる」とだけ言ってくれるタツさんのことが僕は好きだった。
タツさんが実家に帰ってもう10年になろうとしている。久しぶりにこっちに遊びに来るというので家に招待した。今やっている仕事、家族についてなど最近のことを一通り話し終えると、タツさんは「今はカメラが趣味」という話を始めた。
「カメラですか?」
「そうそう、いわゆる一眼レフってやつ!」
「まぁた、モテようと思って?」
「ばぁか、もう子どもがいるんだよ! カメラおもしろいから」
「そもそも一眼が何かもよくわかんないっす!」
「でっかいレンズがついてりゃ一眼、収納されるのがデジカメみたいな感じ? 細かいことはまあいいのよ」
「へぇ、そうなんすね。でも一眼って高いですよね? それにデジカメだったらポケットに入るし、デジカメの方が良くないっすか?」
「そう思うじゃん。でも、ハルも買ったらハマると思うぜ」
「いやぁ、ないないない。てか、デジカメどころかスマホでいいし! わざわざカメラ持つ必要もない。今のスマホめっちゃきれいですし」
「確かにそれはきれいだよね。たぁだ、おもしろくない」
「おもしろい……ですか。写真って絵とかと一緒で、なんかセンスのいい人がやる世界な感じしますよね。美術館とかわけわかんないし、多分、そのおもしろさ僕にはわかんないっすね」
「その気持ち、わかる」
あの時と同じく「わかる」と言ってくれたが、この日はそれで終わらなかった。
「わかる。でも、俺この前あるマンガ読んでたらさ、“絵は言葉だ”ってセリフが出てきて、雷が落ちたようにビビッてきたんだよね。あ、写真も言葉じゃんって」
「いや、全く意味が分かんないっす。というか、専門書とかじゃなくてマンガ? そして“写真が言葉”ってそれがもう芸術的できついっすわ! センスある感出さないでくださいよ!」
「待って! 俺にセンスあるように見える?」
「見えないし、ないよ!」
「うっせぇ、ばぁか。そうだけど、お前が言うな。まあとにかく、カメラ買って一緒に今度なんか撮りにいこうぜって話」
「うぅん……じゃあ行くんだったらスマホで撮ろっかな」
「たしかに、スマホはきれいよ。でもさ、一眼だったら、F値ってやつでボケ具合を調整できんの。あとシャッターのスピードも変えられるでしょ、ISOでセンサーの光の増幅もできるし、明るさとか白のバランスとかも変えられるし、そんで……」
「もういいっ! それ聞いてやりたいって思わないわ。機能多すぎ! どう考えても面倒くさいじゃん」
「そう! それかも。カメラの魅力って。面倒くさいこと」
「何言ってんすか? だれがそんな面倒くさいことやろうっていうんですか」
「面倒くさいことっておもしr……」
「おもしろくないっ! タツさん、宿題とか好きだったタイプですか?」
「んなやついねえだろ! ただ、BBQは好きよ」
「それは僕だって好きですよ」
「ほら、めんどくさいこと楽しんでんじゃん」
「え? どういうこと?」
「カメラってBBQなんだよ。スマホはレストランで出される料理。自分で炭とか網とか塩とか、色々こだわってお肉を焼いて食べるのがいい? 座っていればシェフお任せで、すぐに出されるお肉を食べるのがいい? みたいなことよ」
「あぁ、そういうことね。ボケ具合とか、明るさとかでしたっけ? そういうのを自分で調整して撮るのが楽しい、みたいな?」
「そうそう! そんで、この前の日曜日初めて写真を撮りにいったんd……」
「待って待って待って。この前の日曜? それが初めて?」
「そうだけど……」
「めっちゃやってる感出して、初心者なのね?」
「まあでも、本2冊くらい読んだし、ネットで動画とかも見てはいるから、初心者はそろそろ卒業かなってくらい?」
「それは初心者of初心者だし、2冊の時は“くらい”とか言うな! それ言うやつ、読んだの絶対1冊だから」
「こういうのってめっちゃやっている人より、ちょっとやっているくらいの人の方が魅力に気づけたりするもんだって」
「まあいいですけど。それで?」
「で、公園に行ってさ、写真を撮るわけ。いつもだったら何気なく見ているアジサイ。カメラを持っていると、なんか気になっちゃうのよ」
「へえ、そういうもんなんですか」
「このたくさんある花の中でこの一輪が好き。だから周りの花をぼかしてコレだけ目立たせて、背景は空にして色を際立たせ、真ん中よりもちょっと右上にするとおさまりがよさそう。光が入りすぎないようにシャッタースピードを速くして……ってめちゃくちゃ考えて写真を撮ったわけ」
「センスで撮るって言うより、結構考えて撮るんですね」
「そしたら、うまくはないかもしれないけど、普通の花が一気に輝き出す感覚になったの。もう、気分は売れっ子プロデューサー!」
「それはよくわかんないけど、色々考えてシャッターを切るおもしろさがあるってことですね。ああ、そういうことか“写真は言葉”って」
「その通り!さすが名探偵!」
「なるほど、自分が伝えたい言葉を、文字じゃなくて自分の写真で表現できるっていうのがカメラの魅力なんですね。それってちょっと英語と似ている?」
「英語?」
「そうそう、今ちょっと英語勉強してるんですけど、翻訳アプリ使えばなんとなく伝わるじゃないですか。でも、自分の言葉で表現したいみたいな」
「確かに! それだわ! 俺カメラ語しゃべりたくなってんだ。しかも、これ国境ないしね。
ちょっとわかってきた? だから言ってんじゃん。文字じゃないんだよ。写真って言葉だから」
「うぅん、ちょっとおもしろそう。それで、タツさん写真これまでに何枚くらい撮ったんですか?」
「3枚」
「え? それだけ?」
「これが意外に納得するところを撮るってムズいのよ。ほんとアイドル発掘みたいなもんだから」
「よく、そんなレベルでカメラについて熱く語れますね」
「カメラを始めたら、見えない世界が見えてくる。こっちに来いよ! 写真で会話しようぜ」
「何それ? ダサすぎません?」
と言いつつ、僕の心は少し踊っていた。その理由は、写真やカメラの魅力が少しわかったから……ではなく、多分、またタツさんと会う口実ができたから、だと思う。
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