ドイツで死にかけて、知らないおじさんと病室で一夜を共にした話

やっぱ、旅行っしょ!

目を開くと世界は90度回転し、地面が窓をはさんで左頬とくっついてる。

白い煙がボンネットから上がり、従妹のエリは叫んだ。

「早く出て!」

どのように出たのか、はっきりは覚えていないが、空側にあるドアを開けて飛び出したらしい。

心配してくれた人たちが、すぐに後続の車から飛び出して、私のところにやってきた。

しきりに何か言っているが、ドイツ語でさっぱりわからない。

車から離れて横になれといったところだろうか。とりあえず、そうしてみる。

すぐに聞き慣れない音の救急車がやってきた。

屈強な外国人が何人も降りてきて、担架に私をのせる。

胸、腰をロープでしっかり固定すると、それだけでは足りないと言わんばかりに手、太もも、足など体の動くところはすべて固定されていった。

ずっと、興奮した様子で何か説明してくるが、英語なのかドイツ語なのかすらわからない。私自身状況がよく理解できていない。

口しか動かせるところがないという段階になって、説明したいことを話し終えたのだろうか。そこまで全くわからなかったが、最後の最後に世界中の誰もがわかる短い言葉で問いかけてきた。

「OK?」

「何がOK? だ。このあとオレをどうするのか、事細かに説明したつもりか?」

「同意がないと次の動きがとれないのか?」

「だったらせめて固定することも同意を取れよ!」

「頼むから日本語で説明してくれ!」

そんなことを思ったところでどうにもできない。

私がOKと言わなければ、口しか動かせないこの状況はいつまで続くのか。

何に対してかは自分でもよくわからないが、せめてもの抵抗でOKと言わずにこう言った。

「トラスト ユー」

 

 

今から8年前、ドイツ人と結婚するというエリを訪ねて、夏休みに私は初めて海を渡った。

見たことのない景色、食べたことがない食べ物、圧倒される建築物、それは、それは楽しい日々だった。

あっという間に過ぎた1週間の滞在を思い返しながら、2時間後にフライトを控えた帰り道のこと。

エリの夫、フェリックスが運転する車に乗っていた時にその事故は起きた。

あと一本先で曲がるはずが、目的地の手前で高速道路を降りようとしてしまった。

おそらく居眠り運転だったのだろう。

速度制限がない高速道路。あせってハンドルを戻したところで、元いた道には戻れなかった。

そこにあったのはテニスコートくらいの広場。いかにも空き地といった感じで無造作に草が生えている。

奥には何に使うのか想像もつかない白い小屋があった。

その小屋に車の右側を当てて横転した。正面からぶつかっていたら、今この記事を書いていることはなかっただろう。

「ガタンゴトン、ガタガタガタ、グァーン」

その瞬間はまるでジェットコースターに乗っているかのような気分だった。

不思議と落ち着いていた。嘘と本当の境目がなくなっていた。

たくさんの人が寄ってきて、これが現実だとわかった。

 

 

病院に着いてすぐに電話を渡された。話し相手はエリだった。

「けがは大丈夫? 私だけ軽傷だったから別の病院に運ばれたの。すり傷で済んだから、すぐに退院して明日の朝にはそっちに行ける。フェリックスは同じ病院だけど、傷口が大きくてこれから手術になるみたい。なんとか明日までどうにかして!」

「わかった。平気だから、そっちも気をつけて」

と、めちゃくちゃ強がって言ったが、今どこにいるのか、これからどうすればいいのかもわからない。

唯一この病院で頼れる可能性のあるのが日本語を話せない従妹の旦那だけとは。

ずっとエリが通訳をしてくれていたし、ドイツの空気を楽しみたいという思いもあって、wifiの準備なんかしていない。

翻訳機能でなんとかすることもできない。誰とも言葉を交わさず夜を越さなければならない恐怖が急に襲ってくる。

電話を切るとすぐに、今日泊る部屋に案内される。

その途中、腕を包帯でぐるぐる巻きにされたフェリックスと会った。

もちろん日本語など話せない彼は私に悲しそうな顔で

「sorry」

とだけ言って、手術室へと向かっていた。

私は何も言葉が思いつかず、思いついたところで伝える術すらない状況で、ただ何度も小さくうなずいて見送った。

部屋に着くと、そこには2つのベッドがならんでいる。

薄暗い明りの中、足をけがしたであろうドイツ人の男性が、高さ30㎝くらいの太い木でできた十字架を胸の前に持ちながらドイツ語のドラマを見ている。

たまに

「Hohho」

と言ってテレビを見ながら笑っている。

こんなところで眠れるわけがない。そう思いながらも横になると、そこまでの緊張から解き放たれたように、すっと眠りに落ちてしまった。

目が覚めると、夜中の3時だった。まだ、隣の男はテレビを見ている。

トイレに行きたくなって起きようとすると、胸から首にかけてピキッと痛みが走る。

事故直後は興奮して痛みを感じなかったが、むちうちになっていた。

この痛みは1週間くらいで引いたのだが、シートベルトをしていなかったら、やはり今このような記事を書いていることはなかったらしい。

痛みをこらえ、隣の男の視線を気にしながらゆっくりとトイレに行って、またベッドに戻って朝を迎えた。

明るくなった部屋で横を見ると、彼は十字架をもちながらも嘘のように優しい顔をしていた。

朝食に用意された固いパンを口に入れて、ようやく自分の中にあるこの感情に気づいた。

生きていてよかった……

 

 

エリが迎えにきてくれて、医師の話を一緒に聞いてくれた。

すぐに退院しても問題なさそうだということで、異国の知らないおじさんとの入院生活は1泊で終わった。

フェリックスは手術をしたが、それほど重症ではなかったようだ。

横になっていた私を重症と勘違いしたらしく、ドクターヘリまで要請されていたとか。

日本に帰ってきてから、ドイツ語の手紙が届き、乗ってもいないのにそのヘリの燃料費20万円を請求された。

1000円にも満たない海外旅行保険が適用できたので、海外に行く人には入った方がいいと強く勧めたい。

そんな夏休みを終えて初めて出勤した日の休憩時間。私のまわりに職場の先輩たち5,6人が集まって、ドイツであったことを聞いてくれた。

それぞれ違った反応をしている。半信半疑で聞いている人もいれば、心配そうな顔で聞いてくれる人もいて、大笑いしている人もいた。

ただ、一人だけは違った。特に真剣に聞いてくれる人がいた。

一言話すたびに大きな相槌をうってくれる。私が話し終えると

「本当によかった。生きて帰ってきてくれてありがとう」

と言ってくれる。普段それほどかかわりのない、年配の女性事務職員の方だ。

もちろん親にも話していたので相当心配されたが、それと同じくらいの熱量で。

いや、それ以上の熱量で言葉をかけてくれた。心配してくれる人がいる幸せを心の底から感じた。

気づいたら2人でハグをしていた。

私の背中をトントンと優しくたたいて、涙を流しているような声で彼女は言う。

「よかった、よかった……」

言葉よりも、その心にグッときてしまう。

喜びに包まれながら、ゆっくりと腕をほどき、

「ありがとうございます。こんなにも心配してくれる人は誰もいません。とても、とっても嬉しいです。生きていてよかった……

と伝えた。それを聞いて、年配女性は、うんうんと2回うなずいた。

そして、まっすぐ目を見て私にこう言った。

「大変なのよ。職員が亡くなった時の事務処理って」

うん……

生きていてよかった……

≪終わり≫

 

 

 

今回は育休中の話題ではなく、番外編として8年前の旅行について書きました。

育休中はしっかり自己投資したいと考えているのですが、

本記事は、自己投資として行っている

ライティング・ゼミの課題として書いたものです。

前回の記事は不合格、その前の記事↑はかろうじて合格しましたが全然読まれずえーん

今回の記事はまだ提出前ですが、誰かに読んでほしい! と思ってここで紹介してしまいました!

でも、書くの楽しい。もっとたくさんの人に読まれる文章を書けるようにがんばりますびっくりマーク

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